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題字:荒木経惟

ポスターイラスト:宇野亜喜良

ポスターデザイン:鈴木一誌

監督:石川淳志



カラー/モノクロ作品 スタンダードサイズ 117分
製作・配給:ワイズ出版
配給協力:アルゴピクチャーズ

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イントロダクション

1983年、歌人としてキャリアをスタートさせ、その後舞台、映画、文筆などジャンルを超越した表現者・寺山修司がこの世を去る。劇団天井桟敷も解散。
寺山の母・はつは寺山の表現活動を支えてきた九條今日子とともに森崎(もりさき)偏陸(へんりっく)を養子に迎え入れ、偏陸は戸籍上『寺山修司の弟』となった。

寺山亡き後、荒木経惟の『人妻エロス』シリーズのレイアウトとブックデザイン、黒木和雄監督作品を手がける音楽家・松村禎三の音楽助手、イラストレーション界の巨匠・宇野亜喜良が台本と芸術監督をつとめた舞台の演出の他、寺山が残した作品の上映などジャンルにとらわれない活動を続ける偏陸。周囲をとりまく彼らが語る偏陸、寺山、そして劇団天井桟敷。 寺山と出会い、愛され、亡き後もその魂の継承者として日常と幻想、生と死、あらゆる境界線を軽々と飛び越えていく森崎偏陸の不思議な存在感が浮かび上がる。

監督は『樹の上の草魚』(97/製作・配給:ワイズ出版)でデビューを果たした石川淳志。これが初のドキュメンタリー作品となる。7年の長期にわたり偏陸を追い続けた石川監督は、テロップもナレーションも極力排し、カメラの前の偏陸が本人さえも気づいていない、内面を垣間見せるその瞬間を確実にとらえた。人間の尊厳、孤独、豊穣な生の喜びを描き出したドキュメンタリーに仕上がった。

『ローラ』1974年に発表された寺山修司監督の実験映画の1作である。客席にいた一人の男がスクリーンの中にいる女たちに罵倒され、憤然とスクリーンに飛び込んでいくものの、丸裸にされてスクリーンの中から追い出される。その「観客」を演じているのが森崎偏陸(もりさきへんりっく)である。寺山修司死後25年。『ローラ』によって偏陸は何度となく観客のいる現実世界とスクリーンの中の虚構の世界を行き来してきた。

森崎偏陸。本名である。幼少時、親類の永田家に預けられ、その後高校時代に寺山の元に家出。天井桟敷の一員となった。寺山死後は母・はつに乞われ九條今日子とともに寺山籍に入った。彼には「生みの母」「育ての母」「戸籍上の母」という3人の母がいる。偏陸をとりまく現実も虚構的な宿命の元にある。

荒木経惟(写真家)森山大道(写真家)松村禎三(作曲家)宇野亜喜良(イラストレーター)浦岡敬一(映画編集)ら、日本が世界に誇る美の巨人たちとの華々しい仕事の数々。

そして寺山が偏陸に残した『ローラ』を携え、日本中そしてフランスはパリへも飛び出し上映を行う。この作品の上映のためには偏陸が必要不可欠であり、永遠に生き続ける作品の寿命を寺山は偏陸に託したのだ。偏陸はスクリーンの中の35年前の姿と同じ、白いタートルネックのセーターに赤いジャケット、赤いパンツでスクリーンの中に飛び込んでいく。

偏陸のこと、寺山修司のこと、天井桟敷のこと。思い出を語り合う人々。寺山の元で自分の居場所を見つけた人々・・・ その傍らで天井桟敷の女優だった高橋咲がつぶやく。「偏陸は自分と向き合ったことがあるのかな・・・」

寺山ワールドのトリックスターとしての運命を背負った森崎偏陸。寺山修司の魂の継承者。その心の光と闇。生きる喜びと堪え難い孤独。語られる数々の断片の中から、カメラは次第に「寺山ワールドのトリックスター・森崎偏陸」の中に確かに存在する「人間・森崎偏陸」の姿をとらえていく・・・

寺山修司
1935年12月10日、青森県弘前市生まれ。青森高校在学中の52年、全国の高校生に呼びかけて俳句雑誌を創刊。早稲田大学在学中の54年には短歌新人賞を受賞し、10代の天才歌人として知られる。谷川俊太郎の勧めでラジオドラマを書き始め、1959年に民放大賞受賞。1960年には初の戯曲「血は立ったまま眠っている」が劇団四季によって上演され、篠田正浩監督の『乾いた湖』で映画脚本に進出、さらに16ミリ映画『猫学』を演出するなど八面六臂の活躍。1967年には演劇実験室「天井桟敷」を設立。以後、舞台・映画・文筆・競馬評論などジャンルを固定しないマルチな活動を展開。主な映画作品に『トマトケチャップ皇帝』(1970)、『書を捨てよ町に出よう』『青少年のための映画入門』『ローラ』『田園に死す』(1974)、『疱瘡譚』『迷宮譚』『審判』(1975)、『消しゴム』『マルドロールの歌』『一寸法師を記述する試み』『ボクサー』(1977)、『草迷宮』(1979)、『上海異人娼館』(1980)、『さらば箱舟』(1980)など。1983年5月4日、肝硬変で死去。

『ローラ』
1974年/16ミリ/カラー/12分
製作=鵜飼正英 撮影=鈴木達夫 音楽=田中未知 衣裳=蘭妖子 助監督=森崎偏陸 出演=小野正子、蘭妖子、有栖川志栖子、森崎偏陸
スクリーンの中に映し出された3人の娼婦が観客を罵倒する。挑発されたひとりの客が憤然と立ち上がり、憤然としてスクリーンに飛び込んでゆき、光と影を相手と争い、全裸にされてスクリーンから逃げ出してゆく。寺山曰く「ここでは観客がスクリーンのなかへ入ったり出たりできるのである。(中略)しかし、それは異化されるという従来の複製芸術としての映画の概念へのパロディぐらいには、なりうると思うのである」。


『青少年のための映画入門』
1974年/16ミリ/モノクロ(それぞれ調色)/3分×3面
製作=九條映子 撮影=萩原朔美 音楽=J・A・シーザー 選曲=寺山修司 出演=森崎偏陸、斎藤正治、佐々田季司、A.・V・サキノフ
1974年、第一回「100feet film festival」(イメージフォーラム主催)のために作られた短篇。主催者側の提示した、上映時間3分(100feet)という条件に対し、寺山は一度に3台の映写機を使うという解釈で揺さぶった。モノクロフィルムをそれぞれグリーン、ピンク、ブルー(このフィルムのみ逆回転される)に調色された画面が映し出され、寺山の戸籍謄本や小学校の卒業証書、卒業写真などさまざまなイメージがコラージュされる。


『草迷宮』
1979年/35ミリ/モノクロ/40分/日本=フランス
企画・製作=ピエール・ブロンベルジェ 原作=泉鏡花 脚本=岸田理生、寺山修司 撮影=鈴木達夫 音楽=J・A・シーザー 美術=山田勇男 編集=大島ともよ 挿画=花輪和一 助監督=相米慎二 進行=榎戸耕史 記録=森崎偏陸 コーディネーター=ヒロコ・ゴヴァース 制作担当=ユミ・ゴヴァース、九條映子 出演=三上博史、若松武、新高恵子、中筋康美、福家美峰、伊丹十三
フランスのプロデューサー、ピエール・ブロンベルジェが製作したオムニバス映画『プライベート・コレクション』のために作られた中篇。泉鏡花の同名原作を基に、奔放なイメージの連鎖で紡がれた幻想譚。主人公・明の少年時代を演じた三上博史のデビュー作。


『上海異人娼館 チャイナ・ドール』Les Fruits de la Passion
1981年/35ミリ/カラー/90分/日本=フランス
原作=ポーリーヌ・レアージュ 製作総指揮=アナトール・ドーマン、ヒロコ・ゴヴァース 製作=九條映子 撮影=鈴木達夫 音楽=J・A・シーザー 美術=山下宏 出演=イザベル・イリエ、クラウス・キンスキー、アリエル・ドンバール、高橋ひとみ、山口小夜子、新高けい子、石橋蓮司
『愛のコリーダ』『ブリキの太鼓』のプロデューサー、アナトール・ドーマンの依頼を受けて作られた長篇。ポーリーヌ・レアージュの官能文学の古典「O嬢の物語」の続編「城への帰還」を下敷きに、を、舞台を1920年代の上海に置き換えて映画化。ステファン卿と美しい娼婦Oの倒錯的な愛が描かれる。