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荒木経惟
1940年、東京生まれ。通称「アラーキー」はあまりに有名。写真家。独特なエロスとタナトスの写真表現は、海外からの評価も高く世界各地で展覧会を開く。写真集は『愛情旅行』『愛しのチロ』『センチメンタルな旅・冬の旅』『空』など多数。偏陸は『人妻エロス』シリーズのレイアウト、ブックデザインを担当。
宇野亜喜良
1934年愛知県生まれ。日本を代表する挿絵画家・グラフィックデザイナー。ペンなどによって描写された人物などが特徴とされる。1950年代から鬼才イラストレーターとして活躍し、寺山修司の舞台、宣伝美術を手がけ時代の寵児となった。偏陸とは天井桟敷時代に出会う。近年宇野が台本と芸術監督をしたモダンバレエ『上海異人娼館』において、偏陸は斎藤千雪とともに演出を担当。
浦岡敬一
1930年生まれ。映画の編集技師。松竹に入社後、小津安二郎監督作品などの編集助手を務め、1958年『人間の条件』で一本立ち。『馬鹿が戦車でやって来る』(山田洋次監督・1964)『愛のコリーダ』(大島渚監督・1976)『復讐するは我にあり』(今村昌平監督・1979)『東京裁判』(小林正樹監督・1983)など幅広い作品を担当する。日本映画編集協会の設立に尽力し、初代編集協会理事長を務めた。2008年死去。偏陸がスクリプターを務めた『書を捨てよ町へ出よう』(寺山修司監督・1971)で出会う。
緒川たまき 女優。映画、舞台、TV、CMと活躍の場を広げ、涼やかな印象で人気を博す。趣味の幅は広く、読書では安部公房、三島由紀夫、谷崎潤一郎、夏目漱石などの純文学を好み、またカメラでは自らの撮影による旅行記を発表し、雑誌のコラム連載などでも活躍する。2004年、寺山修司原作、宇野亜喜良芸術監督・台本、斉藤千雪・森崎偏陸演出の舞台「上海異人娼館」に出演。
木村威夫 1918年東京生まれ。美術監督。十代より伊藤喜朔に師事し、1941日活に入社する。『雁』(池広一夫監督・1966)『忍ぶ川』(熊井啓監督・1972)など美術担当作品は多数。「清順美学」と呼ばれる作風に貢献する。シナリオ集団<具流八郎>の一人。『蒸発旅日記』(山田勇男監督・2003)で助監督の偏陸と出会う。初監督作品『夢幻彷徨』(2004)では助監督に偏陸を指名する。
九條今日子 1935年、東京生まれ。九條映子の名でSKDの舞台に立ち、松竹映画に移り青春スターとして活躍する。後に寺山修司とで出会い結婚する。1967年寺山氏とともに演劇実験室◎天井桟敷を創立し制作を担当。1991年、寺山はつの養女として寺山家に入る。戸籍上の弟が森崎偏陸になる。現在、プロダクション「人力飛行機舎」代表。
佐々木英明 『書を捨てよ、町へ出よう』(寺山修司監督・1971)主演。
J・A・シーザー 作曲家、作詞家、演出家。演劇実験室◎万有引力主宰者。寺山修司に出会い「演劇実験室・天井桟敷」に入団、音楽と演出を担当。1983年、自ら「演劇実験室◎万有引力」を結成。
シルヴェット・ボドロ フランス映画界スクリプターの重鎮。ジャック・タチ作品や『二十四時間の情事』(アラン・レネ監督・1959)のスクリプトを務める。近年はロマン・ポランスキー監督作品を支える。偏陸とは映画『上海異人娼館』で出会う。
松村禎三 1929年京都生まれ。1955年第24回NHK毎日音楽コンクール管弦楽部門で1位に入賞。遠藤周作の小説に基づくオペラ「沈黙」の作者としても知られる。映画音楽も、熊井啓監督作品や黒木和雄監督作品など多数。2007年死去。偏陸は黒木和雄監督の『美しい夏キリシマ』(2003)『父と暮せば』(2004)『紙屋悦子の青春』(2006)で松村禎三の音楽助手を勤める。
三上博史 俳優。寺山修司監督作品『草迷宮』で主演デビュー。その後TVドラマなどにも多く出演し、演技派として評価が高い。カンヌ国際映画祭招待作品『月の砂漠』(青山真治・2001)に出演するなど、国際的にも活躍している。舞台出演も多く、2003年に、寺山修司没後20周年・パルコ劇場30周年記念公演『青ひげ公の城』に主演。2004年に主演した『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』は好評を博し、翌2005年に再演された。2006年には『あわれ彼女は娼婦』で演出家・蜷川幸雄と初めて組んでいる。マルティン・アウア作「青い星の少年」の翻訳も手がける。
森山大道 1938年、大阪生まれ。荒木とともに世界の写真表現をリードする写真家。荒々しいモノクロ写真で注目された。写真集は『にっぽん劇場』『犬の記憶』『仲治への旅』『4区』など多数。天井桟敷時代の偏陸を撮影している。
弘子・ゴヴァース フランスにおける日本映画の紹介に生涯を費す。1960年頃渡仏する。1984年から85年にかけ、川喜多記念映画文化財団と共に本格的な日本映画特集をシネマテーク・フランセーズにて開催し、500本を超える作品を上映した。寺山修司作品に関しては映画から演劇まで幅広くサポートする。この頃偏陸と出会う。2007年死去。
平常 1981年北海道生まれ。2001年、上京と同時にジョウズグループ(たいらじょう人形劇事務所)を設立。大人のための人形劇から赤ちゃんのための人形劇まで、国内外にて多数の公演活動と指導を実施。演出・美術・構成、全てをひとりで行う。助監督の偏陸と映画『プ』(山崎幹夫監督・1995)出演中に出会う。偏陸は2003年に常の人形劇『毛皮のマリー』公演をプロデュースする。
笹目浩之 1963年茨城県生まれ。87年株式会社ポスターハリス・カンパニー設立。94年、現代演劇ポスター収集・保存・公開プロジェクトを設立。所蔵品の充実にともない、60から70年代のポスターは、独立したコレクションとして高く評価されるレベルに達している。現在まで開催した展覧会「現代演劇ポスター展」「寺山修司と天井棧敷◎全ポスター展」などは国内外約40ヶ所におよぶ。98年11月には、青森で一日だけ復活した天井棧敷公演「市外劇 人力飛行機ソロモン」に演出グループとして参加以降寺山修司と天井棧敷関連企画には欠かせない存在となる。
高橋咲 1956年、東京生まれ。15歳で寺山修司主宰の劇団「天井棧敷」に入団。劇団内で偏陸と出会う。上智大学法学部卒業。著書に『15歳天井棧敷物語』『素敵なあいつ』『本牧ドール』がある。
新高けい子 成人映画から女優としてのキャリアをスタートさせるが、寺山が新高の熱狂的なファンであったことから天井桟敷に引き入れ、以来『書を捨てよ町へ出よう』『田園に死す』『ボクサー』『トマトケチャップ皇帝』『審判』など数々の寺山作品に出演。天井桟敷を代表する女優である。
萩原朔美 映像作家。天井桟敷で俳優として活躍後、時間や記憶をテーマにした映像作品を制作。舞台作品の演出も多数。舞台作品の演出も多数。 1970年代に雑誌「ビックリハウス」を創刊し、初代編集長をつとめた。詩人・作家の萩原朔太郎は母方の祖父。小説家でダンサーの母・萩原葉子について綴った『死んだら何を書いてもいいわ』(新潮社刊)など著書も多数。
日野利彦 『マルドロールの歌』で俳優デビュー。『一寸法師を記述する試み』『書見機』など天井桟敷の名優として活躍。また伝説のカルトムービー『追悼のざわめき』(松井良彦監督・1988)では小人症の兄を演じた。また『プ』(山崎幹夫監督・1995)『蒸発旅日記』(山田勇男監督・2003)など精力的な活動を続けている。
山ちゃん(山下真砂雄) 1937年北海道生まれ。北海道ロケスタッフとして参加した『プ』(山崎幹夫監督・1995)で偏陸と出会い、今に至る。
蘭好子 天井桟敷の中心女優。「冥府の三叉路」で手鞠をつくセーラー服の老女を演じ、評判になる。また、独特のしゃがれ声で唄う劇中歌に魅了されたファンも多い。主な出演作品は、「奴婢訓」「レミング」蜷川幸雄演出の「身毒丸」など舞台の他、映画では、「田園に死す」「ボクサー」「草迷宮」「さらば箱舟」など。毎年5月に行なわれた渋谷ジャンジャン(1999年閉館)でのコンサートも好評を得た。1994年に、CD「惜春鳥ー寺山修司に捧ぐ」を発売。
若松武史 1975年から1983年まで、「天井桟敷」に所属し、後期天井桟敷の代表的俳優となる。舞台、映画、ドラマなど幅広く活躍。舞台『毛皮のマリー』(美輪明宏演出)『どん底』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出)、『エンジェルダスト』(石井聰亙監督・1994年)『金融腐食列島―呪縛―』(原田眞人監督・1999年)など。
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